渡欧のきっかけ
 デビューのあと、続けて何回かのコンサートを在京各オーケストラとやった。

 東フィル、日本フィル、東響などと[展覧会の絵][モーツァルトの39,40,41][ラフマニノフのP協2番][新世界][皇帝P協][幻想][ベートーヴェンの3,5,6,7][チャイコの4,5,6]など基本レパートリー中心。
[第九]は12月になるとアマチュアも含めあちこちから頼まれた。

 1968年の12月、川崎の市民オーケストラと[第九]をやることになっていた。本番前日、駅前の日航ホテルに泊る。窓のすぐ下に駅が見える。朝、下を見ると次から次へと何万・何10万とも知れない大群衆が吐き出されて来る。ぞろぞろぞろぞろ・・・・。

 この群衆のうちいったい何人が今夜のコンサートに足を運んでくれるか。10%…5%…1%…おそらくもっと少ない。音楽ってそれほど人々に必要ないと思われているのか。
 [音楽]は文学や演劇や絵画やスポーツや宗教と同じくらい人生にとって不可欠だと先哲が言う。それを信じてここまでやってきたことが急に空しく思える。現代とはそういう時代なのか、それとも日本人だけが“真面目な音楽”なんて アホクサ! と考えているのだろうか。 

 頭の中に今までの音楽修行が甦る。高校で楽しかったハーモニーのきれいなコーラス、音大時代に恩師に連れられて行った全国各地の小学校の子供達の明るい笑顔と歌声、群響で回った学校の生徒達はガヤガヤと煩かった…。有名になる事以外考えない音大生の自己中心意識、プロ野球と違ってなかなか満員にならないプロオケの定期、あれやこれやぐるぐると脳裏を駆け巡る。
 本番前の感情のたかぶりがそうさせるのか、次から次へ希望と落胆が代わる代わる現れては消えた。

 ふと、ベートーヴェンやモーツァルトやバッハを生んだドイツやオーストリーはどんなだろうと思った。みんな音楽を愛しているとそれまで信じていた事が急に不安に思えた。現地に行こう、そして色々な物を見、大勢の人に逢って話を聞こう。一旦考え出すとそれだけでパンパンになってしまう子供とおなじ僕の頭。

 その晩の[第九]はとても精神が昂揚していつもより熱演だった記憶がある。

[戻る]