総持寺の日曜学校
 1946年、小学校4年から高校生の頃まで数年間、家のすぐ近くにある曹洞宗大本山総持寺の日曜学校に行っていた。
 
 若いお坊さんが何人か交代で指導にあたってくれた。日曜の朝早く悪戯小僧どもが集まり仏様にお詣りし般若心経の諷誦(ふじゅ)、大声で読むほど褒められたものだ。また広い境内の掃除や本堂の床の乾拭きなど子供のやることでおそらく役立たなかったことと思う。

 お釈迦様の生い立ちは音楽劇仕立てだったので僕は夢中になった。当時有名だったプロの児童劇団で「つみき座」というのがあって、そこの「ひらまつせんすけ先生」(記憶による)というかたが僕達の所にもいらして厳しいご指導を受けたのを憶えている。日曜学校にも「よろこび座」という弟劇団ができて僕はお釈迦様の子供時代や賢治のグスコーブドリを演じいっぱしの役者気取りで母親はずいぶん心配したらしい。
 中学生のころには次々と民間放送が出来て放送劇の子役のようなこともやらせてもらったが高校に進みコーラスやテニスにも熱中するようになってだんだん日曜学校は遠くなって行った。

 若いお坊さん、駒沢大学の児童文化研究会?の学生さん、坊さんに混じって音楽や劇やキャンプの指導をしてくれた若い先生達のことは50年以上経った今でも決して忘れることが出来ない。

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