甲斐正雄先生
  1960年、群馬交響楽団の仕事を得て週に3回高崎に通う日々が始まった。映画「ここに泉あり」のモデルとなったオーケストラだったが現実はなかなか厳しく、1日に3つの学校を訪問して鑑賞教室をやるというハードな仕事だった。
 僕のような学校訪問の指揮者の他に定期演奏会を指揮するいわば[正指揮者]として武蔵野音楽大学の甲斐正雄先生がおられた。
「指揮の勉強をしたいのだったらうちにいらっしゃい」
と声をかけてくださった。早速教えて頂く事になった。
 レッスンは目黒のお宅に伺ってスコアをピアノで弾く事から始まった。僕は初めての経験で膨大なオペラのスコアを圧縮しながら弾き同時にアリアも口ずさむというとてつもなく難しい勉強に四苦八苦だった。
「どいてごらん、ちょっとそこで聞いていらっしゃい」
 甲斐先生が弾かれるとスタインウェイがまるでオーケストラのように響いてとても驚き、尊敬し、そう言うふうに弾きたいと強く思った。
 先生は群響のあと暫くして宮内庁楽部オーケストラの指揮者をなさった。いまもお元気で盛んに活躍しておられる。群響時代に教えて頂いた指揮者としてのというより音楽家としての基本的な考え方が僕にとってのバックボーンとなっている、ということをいずれキチンと文章にしなければ、と思っている。

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