国立音楽大学受験のきっかけ
 「くにたち音大を受けてみたらどうだ」
職員室で担任の隣の席の宮嶋市郎先生が突然おっしゃった。2年生の3学期が終わる頃、進路相談のときのこと。
 思ってもみないことだった。高校に入ってからずっとクラブ活動に夢中で
「キミのように毎日暗くなるまでテニス、そのあと音楽室に飛んで行ってコーラスというありさまでは受かる大学など無い」
と担任の村山新平先生から油を絞られていたところだった。
「ぼくのような者でも受けられるのでしょうか」
「今日から毎日ピアノを6時間と週に2日私の所で音楽理論の勉強をすれば1年間で準備は可能だ、易しい事ではないがね」
 頭の中を「音楽家」という字がグルグルと音を立てて回った。翌日から2時間ずつ3回に分けてピアノの稽古、その合間にはデルッフェル著のコラールブッフを使って機能和声学の勉強、という毎日が始まった。きっかり300日、一日も休まなかったのはホントの事、翌年の春に僕は国立の学生になる事が出来た。
 
1954年の春浅いあの日、職員室で音楽の先生から声を掛けられなかったら・・・と思うと、出会いの不思議、運命の重さというものをつくづく感じずにはいられない。

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