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Jin's Diary&Essey

  #946
#025の顛末
Date: 2017/11/11(Sat) 
 きのう書いたダイアリーに「くにたちカンマーコール」云々…のくだりが有った。読んでくれた人の多くからダイアリー#025 で「無くなってしまった顛末をいずれ・・・」とあったがそろそろ披露願いたい…との強い要請があった。それをここに。

 恩師・岡本敏明教授が玉川学園教師時代に創始・実践していた「地方行脚」を踏襲、更に発展させた形で、くにたち音楽大学の教育音楽専攻の学生達を率いて盛んに「全国行脚」したことは何度か書いた ( 僕も1年生のときから参加していた ) 。やがてそこに熱意ある声楽専攻の学生が加わるようになりやがて独立し「くにたちカンマーコール」と岡本教授に命名して頂いた時にそのグループを受け持つよう命ぜられ、20数年の間教育専攻学生のグループと両立して活動して来た。( 大分前の事で失念していたが、僕が大学教師をを辞めた時に現役による母体は「永井 宏」に委ねたが、彼も定年となって今年の夏、遂に解散したと聞く) 。

 1994 ( 平成6 ) 年のクリスマスの頃だった。カンマー初期の頃の出身者「A.S、Y.D、Y.M、N.T、N.A、C.K」の中年6人が訪ねて来て「学生時代の感激をもう一度再現したい…」と云う。聞くとあの頃のような演奏活動がしたいと。6人の内2人は公立小学校教諭、1人は公益法人の事務局長、あと3人の女性はピアニスト、音楽教室経営、兼業主婦。プログループなど到底無理だとは思ったが、昔の教え子の折角の ( 素朴な ) 音楽慾求をなんとかして実現させてやりたい、と思ったのがとんだ間違いだった。

 暫くの間コンサートをしていたが聞きに来て下さるお客様の為に「少しでもいい音で音楽を…」という僕と「あの懐かしいクラブ活動ごっこの再現」程度の事を片手間にやろうとしていた彼等と乖離して来たのは当然の事だった。ある日、6人が訪ねて来て「これからは自分達だけで楽しく自由にやりたいから辞めてくれ ! 」と云う。あまりの勝手な言い分に「かんかん」に怒った僕は「既に次のコンサートの準備にも入っているし、突然のキャンセルにはこの世界では違約金も発生するぞ ! 」と伝えた。

 驚いた事に、某法律事務所から内容証明が届き「不当な請求に対して闘う ! 今後一切の発言は法的に封じる ! 」と告げて来た。余り聞いたことのない「程度の低い振る舞い」に当然の事ながら手を切った。
 
 みっともない顛末、以上のとうり。彼等はそろそろ職場で「定年」を迎え、音楽する場を失い寂しい晩年となる。