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Jin's Diary&Essey

  #938
男声合唱フェスティバル
Date: 2017/10/01(Sun) 
 9月最後の土曜日、宇都宮で開かれた。一昨年にも伺っているので今回は2度目となる。12グループとゲストの女声コーラス、そしてそれと合流した混声合唱・・・.いずれも聞いていて心打たれた。それぞれの演奏に対して「コメントひと言」書く事が僕の役割だったので、良い所・優れた所・客席の感動を呼んだ所を正直に記した。中には多少辛い評価が有ったかもしれないけれども、次回を期しての願望であった事は確かなのでお許し願いたい。

 共通して「惜しい ! 」と感じた事は、7割近くのグループの曲目に物足りなさを覚えた事だった。(勿論良いグループもあった)

 平均年齢60歳台、70歳台、グループによっては80歳を超える人が主流である今日の日本の男声合唱最盛の時代に、若き学生時代の思い出を辿るだけでは物足りないと思う。「熟年のハーモニーならでは」の深い人生を歌い上げる時なのだ。このような現象は日本の合唱史の中でも無かった。

 イギリスの「グリー」、ドイツの「リーダーターフェルやコールフェライン」、フランスの「オルフェオン」など、19世紀半ばに盛んであったヨーロッパの男声合唱運動は、まさにそれらの国の市民芸術運動の嚆矢だった。我が国はいまだ「趣味・道楽」としてしかジャーナリストも教育者も政治家も果ては国民全体も評価が低過ぎる。

 日本が大きく変わろうとしているこの21世紀に「市民の芸術活動」が重大な意味を孕んでいる事に上記の「ジャーナリストも教育者も政治家も果ては国民全体も」気付かなければならない。

 その為の一つの重要要素は優れた指導者の発掘だ。イギリスの「グリー」、ドイツの「リーダーターフェルやコールフェライン」、フランスの「オルフェオン」にはそれぞれその国の音楽文化をリードしていた第一級の音楽家達が、理事を務め、合唱祭の為の傑作を創作し、指導していたことを合唱連盟あたりはもっと勉強してもらいたい。

 スポーツ大会さながらの「順位付け」に留まっていては向上は望めない。

     この項続く