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Jin's Diary&Essey

  #933
乱歩・北斎・ベートーヴェン
Date: 2017/09/08(Fri) 
 江戸川乱歩、46回 葛飾北斎、93回 ベートーヴェン、79回・・・引っ越し魔と云われた3人の事。

 乱歩は2歳の時に父親の転勤に伴って初めて引っ越しを経験してから45回の引っ越しを経験、最後に1934年池袋の立教大学に隣接する家を購入して70歳で死ぬ迄ここに住んだと云う。
 北斎は90年の人生で93回の引っ越しをしたと云うから驚く。93回目の家は以前借りていた借家だそうだから訳が分からない。
 Beethoven は22歳目前で生家のあるボンからウィーンに引っ越し、56歳で死ぬ迄に79回も引っ越しをしたと云うから平均すると1年に2回以上の転居と云うことになる。
 
 珍妙な前置きとなった。

 1936(昭和11)年、神奈川県横浜市磯子区の根岸海岸近くに生まれた僕は1943年小学校(当時は国民学校)に入学した。翌年、2年生になると同時に母の親戚を頼って静岡県沼津の閑静なところに疎開した。翌1945年4月父が病死、幼い妹と母の3人暮らしとなった。7月末夜中の空襲で隣近所も何も無いような空き地のような屋敷に焼夷弾と爆弾がバラバラと降って来て命からがら逃げ惑う。翌朝、死んでいる人を跨ぐようにして家に戻るもそこは一面の焼け野原。

 2,3日経って母親が何処かから汽車のキップを工面して来て、疎開せずに横浜の病院に勤務していた長兄を頼って転げ込む。8月上旬の横浜は毎晩ヒドい爆撃でよくぞ死ななかったと思う。9月になって近所の小学校の授業が再開されると聞き3年生に編入、その頃少し離れた幼稚園の2階に部屋を借りる。3,4年ここに居て総持寺という大きなお寺近くの一軒家に引っ越し、ここには長く住み子どもも2人授かった。その子どもが喘息のようになり空気の少しでもきれいな所へ、と云う事で勤務先の国立音楽大学の傍に家を借りた。ふたりの子どもが中学に進む頃、もう少し都会に行かなくては、と都心の中野区に転居。ここまでで引っ越しはかれこれ10回ほど(くにたちでは何度か住み替えをしたので)。

 1983年頃故有って独り身になり四谷に、そのあと渋谷区のマンションに、そして駒込の野ばら社という本屋のマンションに住み、2005年からは、親の墓守の事も考えて今の横浜市鶴見区に舞い戻る。乱歩、北斎、ベートーヴェンにはるか及ぶべくも無いけれど、そのときどき「ああ、引っ越して良かった ! 」という感慨にとらわれる。

 僕にとって「転居」は次へのステップアッブとなっていることは確か。