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Jin's Diary&Essey

  #929
「ドン」の凄いところ
Date: 2017/08/11(Fri) 
 宇都宮の男声合唱団「ドン」については以前にも何度か書いている ( #824 ) そのほか・・・。コンダクターの藍原寛治さん がヨーロッパスタンダードのポリシーでがっちりと指導していらっしゃるから「ホンモノ」の味わいを具えた素晴らしいグループとして年々 " 富士山を一気に駆け上がるような勢い " で向上し続けている。この分で行くと富士山どころかエペレストも近々踏破するのではないかとさえ思えて来る。彼等のことしのコンサートには仕事がぶつかって伺う事はできなかったのだが、後日プログラムを送って頂いてその内容の正統さ・想いの高さ・深さを十分に汲み取ることが出来、当日会場に繰り広げられたであろう響き迄も想像出来るものだった。

 ややもすると、日本のコーラスのプログラムは、自分達が一年間興に任せて歌って来た様々な小品をズラリと並べて声を張り上げたり、その反対にやたら難しい「合唱組曲」とやらを一つならまだしも2つも3つも並べて ( お義理で客席を埋めてくれている ) 親類・友人を辟易とさせたりして平気なのが少なくない。( お客を招いてご馳走するようなもので、先様が好んで下さるに違いないと思われるものを注意深く提供しなければならないのに… )

 「ドン」のプログラムは、聞いて欲しいものを25%、客席が望んでいるであろうものを25%、そして深い付き合いの有るゲスト団体を招いて彼等 ( 彼女等 ) のレパートリーを25%、そしてフィナーレは客席も巻き込んで「ドン」とゲストとみんな一緒に歌声合わせて ! ! という仕掛けになっていて「サっすがぁ☆」と思わせる構成の素晴らしさ。

 きのうは3曲ほど聞かせてもらったが、その中で H.イザークの「インスブルックよさらば」をレッスンして差し上げた。何故この曲に時間を割いたのか。それは、この曲が極めて優れた古典のポリフォニーだったから。4声が同時に縦に響いて歌う、いわゆるホモフォニーの音楽が殆どの日本のコーラスは「綾なすように紡ぎ上げていく」復旋律の音楽に対するセンスと理解を著しく欠いている。もっともっとバッハの音楽を耳にしなければ音楽の道の深奥を味わい・極める事は不可能なのである。

 日本の合唱音楽作家でポリフォニーを書く人は極めて稀であり、最近の流行りと云えば長々としたピアノの前奏に続いてこれも長々と続くユニゾン、詩を大切にするのは結構だけれども「演歌もどき」なのにはうんざりする。最後にチョコッとハモって終られると審査員していても何処を評価していいか躊躇わずにはいられない。

 正統に王道を進み行く「ドン」、来年もポリフォニーを聞かせてもらいたい。できることなら「パレストリーナ」が聞きたい。