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Jin's Diary&Essey

  #926
頼む易しさ、断る難しさ
Date: 2017/07/22(Sat) 
 西日本の某県に永年客演していた市民合唱団が有った。頼まれて訪ねた始めの頃は、しょっちゅう指揮者が交替する、コンクールに出ては他団体の後塵を拝する、といった何処にでも有るようなグループだというので「もうちょっと水準の高い芸術的な集団として育てて上げましょう」などと言ったのが若気の至り、彼等の懇望も有り、ついに40数年も関わりを持ってしまった。

 元来、オーケストラ指揮を本業としていて、その世界から見るとアマチュアのコーラスと云うものは曲目もチャチ、活動自体もコンクールを中心に一年が回っていて、オーケストラのように「プロ・アマを問わずヨーロッパ本来のレパートリーに取り組んで心を磨く」…といった正統指向が無く、どうでもいいような難解でへんてこりんな音楽で他の団体と競うばかりなのは道を外れていて理解し難いものが有った。

 まず、コンクールから一歩退いてもらい、年一度の研究発表 ( 定期演奏会 ) に全力を傾注するよう提案した。団の中に熱心なひとが何人か居てそのうちのひとりを常任指揮者として据える為にいろいろな勉強をしてもらった。瞬く間に成長を遂げ、短期間で " くろうとはだし " の指揮者になった ( このことがのちのち問題も生んだ ) 。

 客演の僕は、といえばオーストリー古典のミサ曲・オラトリオを中心に「ガッチリ」とした構成でしかも名曲として世界中に定着している音楽を選び、時にはオーケストラを招いてホンモノの響きを体験させるようにした。10年、20年、30年…と過ぎて行きいつの間にか西日本有数の合唱団として評価を受けるようになった。

 2年程前だった、突然常任指揮者 ( 現 町議会議員 ) から「近々辞める事にした、ついては " 全国区の指揮者 " を後任に決めたのでよろしく」との通告。まことに不可解不愉快であったが、いろいろ考えてみると「ははぁーん、「公人」らしい言い方で岡本の退任を促しているな」と気付いた。そこで翌年のプログラム挨拶に「来年で退任する、プログラムへの原稿執筆も今年限り」と書いた。かくて、ことし7月東京カンマーコレーゲンを招聘し「この合唱団への " いとまごい " の気持を込めて」 Mozart の Requiem を演奏した。東京でもめったに無いような見事な仕上がりだった。全国から聞きに来てくれた人も加わってほぼ満員2000人の聴衆はこの演奏に満足した。

 コンサートのあと、例の指揮者から一通の書簡、「2年前に「全国区の指揮者云々」と云って済みませんでした ! ? ! 」
女性に対して憎まれ口を云った男が2年後に「あの時は「ブス」と云って済みませんでした」と云ったらもう一度怒らせる ! !

 そんな事も分からない「公人」と縁が切れてつくづく良かったと思う。