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Jin's Diary&Essey

  #922
見れない・出れない・・・
Date: 2017/06/04(Sun) 
 ・・・食べれない、「ら」抜きの日本語が蔓延して、僕の印象では7割を超えたのではないかとさえ感じる。

 さすがに、喋りのプロ…と今の所辛うじて認められているアナウンサーは、厳しい「新人研修」で躾けられるのだろう「見られる」「食べられる」と言うようだが、これも時間の問題で「ら」抜きになる事だろう。コメンテーターは既に「ら」が抜けてしまっていてテロップで「ら」を追加しているが、いずれ近々広辞苑あたりが浅はかに認めて掲載するようになり、やがてこの国からまた一つ「正しい日本語」か消え去って行く事が目に見える。

 バトミントン=「バド・・」が正しい、キューピット=「・・ピッド」が正しい、アタッシュケース=「アタッシェ・・」が正しい、などと必死に喚いていても、もはや既に間違ったカナ表記と共に喋る際にもどれが正しいのか、分からない人が多い。

 たかが一つ二つのカタカナじゃぁ無いか、そんなに目くじら立て無くったって・・・と言う人も居るが、言葉や文字と云うものは「心の中を表に現す」ための大切な手だてなのだから、幼少時から「親・兄弟・教師・・」全ての先輩が正しく使って見せない事には直に乱れてしまう。諸外国の教育を見ると子どもに対する正しい言語教育を行っている国は多く、中にはそのことを専門とする大臣を置いている国も有る。

 伝える手段がいい加減だと,心の中も正しく表現出来ないし、伝える事もあやふやになって来る。「たかが一つ二つのカタカナじゃぁ無いか ! 」と言っているうちに曖昧な人間関係が築かれ、それを基に社会秩序、ひいては国際関係もギシギシしてくる、とある所で言ったことがある。共感を得る、どころか「そんな些細な事で・・・」と相手にされなかった。

 ほんとにそうなのか ? 「ら」ひとつ有るか無しでなにも問題は無いと思っていいのか。

 ご意見ある人BBSに呟いて呉れませんか。