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Jin's Diary&Essey

  #914
光陰如箭
Date: 2017/04/29(Sat) 
 箭は矢のこと、このほか光陰如梭とも言う(梭は機織りの横糸を通す道具)。似た言葉に「光陰似逝水」というのもある・・・などと偉そうに披瀝したものの、これらはすべて高校時代に漢文の「細谷先生(あだ名はオジイチャン)」から習った事ばかり。いい先生だった。

 高校の3年間、前半はテニスにのめり込み後半は急に音大を目指した為に一日6時間を300日あまり一日も休まずにビアノを弾いていた(音楽室と講堂のピアノのカギを音楽の宮嶋先生が与えて呉れていたので3年生の時は授業よりもピアノの前に居る時間が長かった)ので殆どの先生からは睨まれっぱなし、しかし漢文と古文(松下先生)の時間だけは必ず出席し成績も1・2番を占めていた(他の科目は失礼ながら先生のお名前すら忘れかけてしまっている)。

 本題はここから

 ここ何年かの間「西 周 ( にしあまね、1829 文政12年〜1897 明治30年 ) 」について色々と調べている。いまのところ道半ばでこの欄でご紹介出来るようなものはほとんど無いが彼が森 有礼・福沢諭吉らと共に結成した「明6会」から発行した機関紙「明六雑誌」などを通して西洋哲学の翻訳・紹介を行い、哲学の基礎形成に力を尽くした事に大きなショックを覚えている。

 Philosophy を和製漢語(翻訳語)として「希哲学」という言葉を拵えたほか、知識・概念・命題・定義・心理学・理性・科學(学)・技術・意識・帰納・分解・演繹 etc. 今日我々が普通に使っている語が「彼が創った語」と云う事を識るに至り驚愕と尊敬の入り交じった何とも言えない感情が心の中に渦巻く。

 特に「藝(芸)術」と言う語も彼が造った(翻訳した) ! と知った時、ガクガクしたものがしばし体中を走ったものだ。100年と少し前頃にこれらの言葉が創られていたことが不思議と云うか、有り難いと云うか・・・

 2017年に生きている私のなんと怠惰な日常かを思う時、60年前のあの頃にもう一度戻ってしっかりと学び直したい願い切なるものが有るけれども " あとのまつり " ・・・