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Jin's Diary&Essey

  #893
「談志曰く」の続き
Date: 2017/01/06(Fri) 
 #889 にT新聞のコラムから引用した「立川談志が弟子の談春に諭した」と云われる「型」の話を書いた。
    曰く、「型ができていない者が芝居をすると型 ( 形 ) なしになる。メチャクチャだ。
       型がしっかりした奴 (やつ) がオリジナリティーを押し出せば型破りになれる・・・
 T新聞は、「型とはその道の守るべき基本・土台 」であろう。と定義した。

 この文から敷衍 (意味を汲み取って押し広め) して 最近の邦人創作曲の「型なし」を超えたハチャメチャぶりについて…「型が出来ていない人間が曲作りをするとこうなるのか ! と思うような " へんてこりん " な音楽の多い事。平凡な節回しに付けられた新鮮味など何処にも無いありきたりのハーモニー。いかにもシロート受けをねらったような退屈なリズム… "」などについてここに述べた。

 書いた翌々日の12月26日「TBSこども音楽コンクールの東日本優秀演奏発表会」があり審査に呼ばれた。内容は小・中学校の声楽部門で重唱と合唱合計36のグループだった。小学校の部18校は例によって「ファストフード… ( #884参照 ) 」的なものが多く、屋台やそこら辺の簡単な餌 ( えさ ) 同然の物で腹を満たしていては「偉大な先哲の遺してくれた文学や絵画」同様こころを満たすシンフォニーやオペラや室内楽をしっかりと取り込み咀嚼することで「人間の智慧と歴史と文化」に育まれて " 貴重な人生を重ねる " ということにはほど遠い、「まずは学校教育が考えを改め・・・」という年来の願いが必ずしも果たされるものではなかった。詩が素晴らしくても音楽が退屈 ! 逆にせっかく素晴らしい音楽を得ても陳腐な詞がくっ付いて…、と中々満足出来る作品に巡り会う事が無い。折角半年も一年もかけて児童が打込んで来た音楽活動も満足な「滋養」となり得ず、ただただ空虚な時間の経過にとどまっている事が残念だった。演奏はいずれも素晴らしく、優劣の " 差 " は結局の所「選曲のセンス」に関わることになった。

 中学校の部18校は逆に選曲の大切さに気づいたのか非常に難しい外国作品に迄それが及ぶことになったが、名曲・難曲が必ずしもこどもたちの能力を引き出し、あまつさえ聞く者のハートをガッチリと捉えると云う迄に到る事が無く「敢えなく討ち死に」してしまうという残念な場面も多かった。

 「人間の智慧と歴史と文化」というものは決して易しいものではなく上に引用した「談志」師匠の深い言葉を徹底して咀嚼し「こころの滋養」となし得たものだけが到達する事の出来る境地なのだ、ということを今更の如く識り初心に還る大切な言葉と改めて思う。