[トップ] [検索] [管理用]
Jin's Diary&Essey

  #887
1 or 99 ?
Date: 2016/12/12(Mon) 
 師・岡本敏明教授(1907~1977)のお父上は伝導牧師・岡本松籟、全国の教会を馬車で巡ったと聞く。師はお父上ゆずりなのだろう授業でも時々牧師さんのお説教のような口調になられることがあった。

 大学を出て岡本敏明研究室に配属された時、数年先輩に当たる小器用な助教授が居て目に余る、と云う話を #880 にもチラッと告白した。この輩、図に乗って学科の名称を変える運動を始めたり、組合の役員になって定年制の設置を図り折からその年齢に達しようとしていた岡本敏明先生を第一の候補に挙げるに至り遂に僕も立腹。ある日、いつものように放課後僕の車で恩師をお宅迄お送りする途すがら思いあまって「直訴」した。

 「先生 ! あのKSですがどうにも我慢ならない行動が多過ぎます。首を切ってくれませんか ? 」 すると先生曰く
 「マタイの福音書を読みなさい。" 或る人が羊を100匹持っていて、その一匹が迷い出たとすれば、99匹を山に残しておいて 迷い出た一匹を捜しに行く・・・  ( 18章10~14 ) " 私はあのKSを放っておくわけにはいかないのだよ」

 思い切って発言したつもりの僕はドッと力が抜けてしまった。先生はあんな奴を保護しその他の我々を " 自分で歩いて行け " と言われた。以来20年近く、僕は悶々としていた。KSの暴挙と軽くて薄~い人生観には度々イライラさせられたがその都度例のマタイ福音書が浮かんでは消えた。

 恩師が他界されて早くも40年・・このごろまたあの羊のエピソードに悩まされている。それが何とこの40年間、KSが一匹の迷える羊だとばかり決め込んでいた己が、実は本当は一匹だったのではないか ? 暢気な面下げて98人の仲間とゾロゾロと行動していた僕こそが格別の庇護を与えられていた迷える一匹だったのか ! ?

 これを読んで下さっているあなた、教えてくれませんか ?

    この項あと一度続く