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Jin's Diary&Essey

  #880
一を聞いて十を知る
Date: 2016/10/05(Wed) 
「論語」から出た言葉。・・・物事の一部を見聞しただけで全部を理解できる。賢明で察しのいいことのたとえ。

 更に深い言葉として同じ論語に「一を以て万 (ばん) を知る」と云う言葉もある。

 そうありたいと思いつつ学生時代を過ごした。ただ、恩師・岡本敏明教授の教えは他の先生方とは大きく異なり、平易な言葉で重要な真理を説かれた。恩師の師である成田為三がそうであったように「大切な事こそ平易に語って聞く者の心に浸透させる」という固い信念があってそのように振る舞われたに違いない。

 難しい事は「平易な言葉」の中に「深い意味」を汲み取る努力が必要とされる事で、平凡な人間は上っ面の言葉を聞いただけで「なんだ、そんな簡単な事か」と奥底を汲み取り損なってしまう事だ。音楽大学の教員の中にも恩師・岡本教授の言葉の上辺だけを聞いて「なんだ、チイチイパッパなんだ ! 」としか理解出来ない輩が大勢居て噴飯物であった。

 音楽教育を学ぶ僕の先輩に教授の言葉の上辺だけを聞いて全てが分かったように得意げに振る舞う輩が居て、恩師の深い哲学の所以を探ろうともせず ( そんな力も無く) 安っぽい輪唱などをチョコチョコッと作っては自慢げに我々に教えるので閉口した。

 小生が卒業し彼と同僚になってからはこの軽々しさは益々嵩じて「薄っぺらで軽ーい」教育理論などを偉そうに後輩に向かって滔々と語るのには苦々しい思いをした。今頃はもうリタイアして吹聴する場も失っただろうが「百も二百も聞いても一(ひとつ)すら吸収出来ない」人間に限って気づかずに闊歩するので真に困る。何となればその人間の振る舞いが恩師の築かれた深く且つ高い哲理をバラバラに破壊しているのだから・・・。

 ところで僕の頼もしき後輩の中に僅か数人であるけれども上の例とは反対に「一を以て万 (ばん) を知る」人物が居る。
まさに「出藍の誉れ」であるがここに名前を挙げる訳には今の所いかない。しかしこのブログの中でそれとなくご紹介したいと秘かにプランを練っている所である。

 乞うご期待 ! !