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Jin's Diary&Essey

  #841
知覚・体制化・認識
Date: 2015/11/10(Tue) 
 専門家から笑われそうだが、音大で心理学や教育学の教授が口酸っぱくして我々ガキどもに言っていた事が忘れられない。
「お前達の知覚感覚が人よりも優れている事は認める、しかしそれっぱなしで理論付けが抜け落ちているから説得力を欠く ! 」
いやと云う程言われ続けたが実感は湧いて来なかった。

 しばらくして、これを理解させられる事件が身近に起こった。

 知り合いの若夫婦が赴任先のパリから10年ぶりに帰って来た。向こうで生まれた6歳になる男の子を連れて…。この子どものパリなまりのフランス語にビックリした。当時何度かパリに学び、フランス語の発音に悩まされていた僕はこの子どもの完璧に近いRの発音を聞いて羨ましく思った。…ル とか…グ などと云ってみても向こうの人間に中々通じなくて苦心していた。それをこの子は難なく発音してのけるではないか !

 1年経った頃、再びこの子どもに逢った。驚いた事にもうすっかりフランス語を喋れなくなってしまっていた。その時初めて大学の教授の「理論付けが抜け落ちていてはダメ ! 」と仰っていた意味が分かった。語学で言えば文字の書き方から始まって会話を「知覚」し耳で覚えた外国語を「体制化」するべく文法始め様々の角度から理屈を学んでこそ語学力が付く、ということを。幼児が親が言う事をそっくり鸚鵡返しに真似てこまっしゃくれたことを喋ったとしても、その意味を理解して言っているのではなくただ単にその音を発しているだけ、と云う事。

 最近ようやく英会話のテキストの宣伝に「リスニングだけではダメ」聞くと同時に文法や用法などを勉強する事で初めて力がつく・・・我が意を得たり、と納得.....

     今回は前置きがこんなに長くなってしまった。

 音楽をただ単に耳から聞くだけで物真似然として「演奏」などとほざかない事。その音楽の成立した年代の理解から始まり、和声学、対位法、作曲法、編曲法その他諸々を身につけない事には他人の演奏した「CD」をなぞって再現してみせるだけの猿真似に終ってしまうのです。

 昨今、マチュアに留まらずプロの演奏家迄もが「音源、おんげん」とCDを探しまわって模倣に走る、日本だけでなく欧米でもこの傾向が蔓延っているらしく、同僚のドイツ人指揮者と逢った時に彼が嘆いたのをみて暗然としている今日この頃・・・