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Jin's Diary&Essey

  #835
意外な現実
Date: 2015/09/28(Mon) 
 男声合唱のいい演奏を探す一環としてYou Tubeを開いてみた。驚いた事に「いい演奏」なるものが見つからない。
原因を考えてみた。
 1) 指揮者の殆どが学生で、音楽の行間を抉るような境地からは遠く、単に出だしを揃えているようなプリミティブさ加減。
 2) 選んで歌っている曲の殆どが芸術性が高く無く、応援団のあの喧しい吹奏楽と五十歩百歩 (ごめんよ)。
 3) 折角大勢で歌っているのにハーモニーもリズムも雑然としている (指揮者がシロートだから無理も無い)。
 4) 幸いコンクールの世界ではマイナーな位置づけらしく曲選びや指導者選びが大まかの様子 (もちろん優れたチームもある)。

 1989年以来関西には「林 雄一郎」東では早稲田に「磯部 俶」などなど日本の代表的な優れた音楽家が大学グリークラブの水準を国際的な高さに引き上げ、いっぽう清水脩をはじめ作曲家達も挙って名作を作り続けていた (多田武彦は清水の高弟)。ほかにも西は同志社、東は横浜国大はじめ多くのメンネルコールが高い水準でアマチュア合唱界を牽引していた。

 衰退の第一因は1960年代の大学紛争だ。学園は閉ざされて練習場を失い、優れた指導者も去らざるを得ず、歌うグループが無くなれば作る作曲家も遠のき仕方なく(でもあるまいが) ママコーラスと少年少女の需要に応える他は無かったに違いない(そうでなければ湯山昭などが男声の為の傑作を書いていた筈)。

 かくて歌う場も指導者も無く、曲の供給も無いまま未熟な学生指揮者が先輩達が歌っていた易しい二流の歌を「なぞるようにして」形ばかりの指揮でお茶を濁しているうちに男声合唱の本丸は敢え無く崩れて行った (少し大袈裟ですが)。残念 ! !

 しかし、ここへ来て新しい風が男声合唱の世界に巻き起こった。それは1970年代迄懸命に働いて今日の日本の繁栄を築き上げた " 戦士 " たちが漸く職場から解き放たれて、いまこそ人生の完結を願って「自分磨き」の場としてメンネルコールに打込み始めた事。栃木県の宇都宮では目覚ましい活動がこの数年繰り広げられ、北九州でも「おじさん合唱」がジャーナリストの目を著しく引いて新聞記事となり、NHKのラジオ番組でも「男声合唱復活の兆し! 」をテーマに取り上げるなど、少しずつではあるけれども世の中の関心が集まり始めた。

 手を拱いている出版界、合唱の連盟などが遅れを取らなければ良いのだが、と心配している。