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Jin's Diary&Essey

  #834
男声合唱フェスティバル
Date: 2015/09/28(Mon) 
 第六回目のメンネルコールの祭典を観に宇都宮迄行って来た。
 
 4人から40人迄の16グループの内ピアノ付きが6、あとはもちろん a Cappella だった。低次倍音2オクターブちょっとで出来ている男声合唱はあたかも管楽器のアンサンブルのようにキチッとハモって、聞いていて安心する。どうかするとチリチリと震える声が混ざって音程も不確かな女声(失礼!)が居ないので音色もビュアで僕は好きだ。

 去年、この会に招んでもらった時「来年もう一度」と言われたので「それならば注文させてください」と言って「インターナショナル・スタンダードな選曲を…」とリクエストしておいた。それが見事に果たされてどのグループも Schubert はじめFaure,Grieg,モーリー、カンツォーネなどなど多彩な曲目で楽しかった。

 ややもすると、コンクールめあての難曲がズラッと並んで、ちっとも面白味の無い日本の合唱祭と違って "往年の" 合唱まつりのような「国際常識的」なムードが漂って全国のコーラス愛好者達に見聞きして貰いたかった。日本の合唱が近年道を踏み外して " 面白味の全くない" 風情を示している原因はひとつはコンクールにばかり心を奪われている事、そしてその人達をめがけて楽譜出版社が「入賞目的」の曲ばかり出版し続けることにあると睨んでる。

 出版社にそのことを指摘すると「売れない本は出せない」などと嘯くけれども、皆川達夫さんのような正統派の音楽家の指導のもとで楽しい合唱祭などを工夫して主催したらやがて日本の合唱界は「正しい道」に戻ることと思う。かつてヨーロッパでは指導的な音楽家が市民の音楽活動に力を注ぎ、良い曲を書き、指揮をし、或は評論活動を行った。彼等の一部を挙げれば、R.シュトラウス、ワーグナー、ベルリオーズ、シューマン、シベリウス、リスト、J.シュトラウス、ヴェルディ、スメタナ、コダーイ、バルトーク、ブラームス、ドヴォルザーク(順不同)・・・思いつくままに挙げればきりがない(アメリカもヨーロッパに学んで同様)。

 日本で何故この事実が知られないでここ迄来たかというと、ひとえに評論家はじめ関係者の不勉強と怠慢にある。
今からでも遅く無い、勇気を持って時流に逆らい、合唱を正道に戻さなければ…としみじみ思いつつ新幹線窓外に輝く中秋の名月を眺めつつ帰宅した。