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Jin's Diary&Essey

  #822
パニス、アンジェリクス
Date: 2015/07/28(Tue) 
 Panis Angelicus、直訳は「天使のパン」歌の題名では「天(あめ)よりの御糧(みかて)」などと訳される。

 人、誰でも平等に食物を与えられ、教育も与えられるとされる。けれど、同じものを食べていても健康に恵まれて長生きする人あるかと思えば幼くして病を得、早逝するものもある。「天は平等である」と感謝する者が居る反面不幸に恨みつらみを抱く者も居る。教育もこれと全く同じで、同じ師から教えを受けておりながらボーッと過ごしてしまう者が居る一方、凌ぐと迄言われる程成長を遂げる人物も存在する。ここまで書いて、恩師・岡本敏明教授について述べる事はいささか憚られる事ではあるが、敢えて書いてみる。

 国立音大入試直前のころ、大学コンサートの楽屋で教授にお会いするチャンスがあった。この時はベートーヴェンの「オリーブ山のキリスト」という長大なオラトリオを演奏されたばかりの燕尾服の先生の前で黙って頭を下げただけだった。次に会ったのは入試の面接の時で「君は岡本というのかね ? 俺も岡本だよ、合格したら研究室に挨拶においで」と云われ黙ってお辞儀していた。やがて一年生のある日、思い切って研究室を訪ねた。「授業も大切だがそのほかに作曲の独習もするように」と云われた。高校時代から教えて頂いた国立作曲科出身の宮嶋市郎先生のお宅に通って和声学や対位法の勉強を続けた。

 上級生になると「演奏行脚」といって日本各地をめぐり、合唱したりその指揮をしたりした。あるとき打ち上げで盛り上がってベートーヴェン「第九」のフィナーレを皆で歌い始め、皆の前で指揮していた時、終り(915小節あたり)の
「Tochter aus Elysium」のところに差し掛かり、テンポがMaestoso に変わり拍子も4分の3に変わった所で はた、と停まってしまった。歌っていた同級生達の嘲笑が沸き上がった時師匠がひとこと「そこが振れないとは不勉強な ! 」・・・

 その日以来、僕の姿勢は180度変わったように思う、言ってみればアマチュアからプロの道に突入した転機そのものだった。
指揮の勉強に拍車がかかったのは当然の事、作曲理論・ピアノ・その他の多くの楽器の習得に勤しむ毎日となった。卒業し、やがて恩師の研究室の末席に加えられ一層厳しい言葉が降り掛かる日々だった。いま、いい歳になってもあの頃の師匠の厳しい目、言葉がいっときも心を離れる事は無い。

 僕にとってそれはまさに Panis Angelicus なのであった。