[トップ] [検索] [管理用]
Jin's Diary&Essey

  #807
前回の続き
Date: 2015/03/31(Tue) 
 音感については今迄にもこの欄で何回も述べて来た。#356〜361、#476〜478
重複を避け一足飛びに結論をここに述べたい。

 前回の終りのほうに「・・・音楽を正しく享受し理解し耳が拓かれる事によって最終的には開かれた心の持ち主を目指す…」と書いた。大学時代大先輩の「渡部麗子先生(#019参照)」のもとで毎週音感訓練を受けた。時々渡部先生の先生である佐々木幸徳先生のところに連れて行って頂いた。佐々木先生は早稲田の近くにお住まいで2,3度伺ううち「お前の音感は良い」と言って下さって、レッスンよりも音楽談義に多くの時間が費やされた。ある時僕がふと「先生方に耳を開いて頂くうちに心が開かれて来たように思います」と申し上げたら佐々木先生が「おお ! いい言葉だ」と悦んで下さり、やがてお書きになった本のタイトルに「耳を開く・・人間づくりの音楽教育(1977年柏樹社刊)」と使って下さって大変嬉しかった事が忘れ得ぬ思い出。

 1907年、頼もしき後輩(と云うよりも今や楽友 ! )が僕を急き立てて勉強会を立ち上げる事になり、その柱として「音感とポリフォニー」を標榜し、「人間形成に資する音楽指導」を推進する事になった。理由は、古くギリシャで哲学や天文学をはじめいくつかの基本となる学問の中に必ず音楽を加えていた事を思い、我が国では残念な事に余りにも音楽の奴隷のようになって「楽しむ」ことと「耽る」ことの見極めを失って雑多な音の奔流に身も心もゆだねきっている事が気に懸かるからだ。

 作曲家は愛好家が好む音楽を書く事を忘れて業界内部の評価だけに心を奪われ、演奏家と云えば愛好者に悦びを与える事を忘れてTVラジオ出演に媚びようとし、あまつさえ良きアマチュアを育成する筈の合唱や吹奏楽の指揮者達はコンクールでの覇権のみを目指し、プロオーケストラは海外から売り込まれて来たCD売り上げランキングで選ばれたどんな人物かも分からないような身振り手振りの格好満点ばかりをチヤホヤする・・・

 あのヒンデミットが著書で音楽の現状を憂い未来に危惧を感じ訴えた「アウグスティヌス的立場とボエティウス的立場・・・
  (Paul Hindemith,A Composer’s World ー Horizons and Limitation,Harvard University Press,Cambridge,1952)」
   ( 詳細はhttp://www.k5.dion.ne.jp/~e_music/教育音楽学会のページ参照)
に大きな教訓を得ながら今、日本で急ぎ為さねばならない大事な勉強を掘り下げよう、と焦る気持を抑える事に苦労する毎日。