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Jin's Diary&Essey

  #806
目鼻口耳等の感覚
Date: 2015/03/31(Tue) 
 視覚、嗅覚、味覚、聴覚などを研ぎ澄ます事は大切だ、と昔から言われる。
色や形、いい香り・不快な臭い、美味しい・不味い…ひとの欲望は限りなく上を目指し、ファッションや食べ歩き、花の薫り、磯の香りなどなどと「快適さを求めて」彷徨い続ける。

 中でも食べ物にまつわる話題は日に日に盛んになり、戦前生まれ、戦時育ちで窮乏を体験した僕など罰が当たるのではないか、と怖れる程贅沢な光景が飛び交う。折角美味しい物を頂くのなら香り・歯触り・舌触り・噛み心地・喉越し等々存分に味わっているのかと思えば「ナーニこの食感・・ウマーイ」だけで終らせてしまう若者達のあまりにも貧弱な語彙とそれを許すTVディレクターの不見識が腹立たしい。

 僕の専門で言うと「聴感覚」の研磨。一般には昔から「音感」と云われるのだけれど音感よりもっといい表現を探しているところ。何故なら戦時中「絶対音感」と称して「敵国の飛行機や潜水艦と日本のそれとの違い」を聞き分ける聴覚を育てる指導法と言いつつ軍部(即ち政府)に取り入ってハ・ホ・ト(CEG~ドミソ)など数種の和音を聞き取り即答させ、子どもにとってはチンプンカンプンとも思える厳格な聴覚訓練が敗戦数年前あたり全国で盛んに実施されたことがあった。僕が1年生になった昭和18年、毎朝ハ・ホ・トをやらされたし、翌年疎開して転校した静岡県でもやはりハ・ホ・トの訓練があり「岡本は良く答える!」と誉められてそれがもとでクラス中から総スカンを食った記憶もある。政府派遣の音感教育監督の配属将校が居て腰からサーベル(剣)を下げて構内を巡視した学校もあったとか。戦後、多くの音楽教師から音感教育が排斥された事は当然だったと思う。

 高等学校で音楽を選択した時、突然この音感訓練が復活した。今度はC・E・G(ツェーエーゲー)とドイツ音名であったが、戦中さんざん学校で叩き込まれたハ・ホ・トの聞き分け聴覚は衰えて居らず作曲科出身のおっかない先生から「お前は耳がいい」と言われて気持よかった。この先生から戦中の音感教育と今高校でやっている事の源泉は同じでも目的が飛行機・潜水艦ではなく、音楽を正しく享受し理解し耳が拓かれる事によって最終的には開かれた心の持ち主を目指す…というような話だったように思うけれど当時16歳の自分としては十分な理解には及ばなかった。

 音楽大学で師匠から戦中のおぞましい訓練(上述)の話があり「お前は折角聴感覚が優れているのだから正しく理解して普及に努めよ」と諭されたこともあった。

   <次回に続く>