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Jin's Diary&Essey

  #796
日本語教育の欠如
Date: 2015/02/16(Mon) 
 総理が「…やらさしていただく」と屡々発言するのを聞くと情け無いを通り越して呆れてしまう。
正しくは「…やらせていただく」 だろう。

 小学校の頃「行かせてもらう」と言うべき所を「行かさせてもらう」と言った奴が居て先生に酷く叱られた。70年経った今でも忘れない。昨今の先生の日本語使いは大丈夫なのだろうか?

 「大丈夫」といえば最近はおかしな使い方がはびこっていて「よろしいでしょうか?」と言うべき所を「大丈夫でしょうか?」という妙な使い方が蔓延っている事はこの欄に前にも書いた ( #779 参照) 。

 「見られる」ことを「見れる」、「食べられる」ことを「食べれる」のように「ら」抜きで言い出したのはスポーツ選手だったような気がするけれども最近では大人もこどもも半分以上が使うようになった。TVのテロップでは気になると見えて「ら」を加えている所を見ると、やはり正しく無い(乃至は望ましく無い)用法だと思っているらしい事が分かる。

 正しい日本語は基本的には幼時から厳しく躾けられなければならない事は言うまでもないが、一生の間気をつけていなければいつの間にか乱れ、正しく無い用法が紛れ込んでくる。このことだけを追求し矯正し確立することを本務とする大臣がよその国には居た。日本もいまや「日本語省」をつくり「日本語大臣」を必要とする時期が来ている…と或る所で発言したら即座に「あんた、酔っぱらっているの?」と言われ絶句した。