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Jin's Diary&Essey

  #793
1773年頃のMozart
Date: 2015/01/14(Wed) 
 モーツァルトの一生は,その殆どが「旅」に明け暮れていた…と言っても過言でない。
 6歳の時に父・姉とミュンヘンに24日間、同じ年、両親・姉・召使いとウィーンへ109日間、7歳のときはパリ・ロンドンへ、
その間ずっとヨーロッパ各地を巡り郷里のザルツブルクに帰って来たのは1766年11月の末まで1269日間に及び、10歳になっていたと云う。翌年にはウィーンへ2度目の旅(1769年1月迄の482日間)、1769年1月にザルツに戻るが秋には父と共にイタリアに旅立つ。翌々年の3月ザルツに一旦戻るが8月には再びイタリア124日間の旅に,12月にザルツに戻り翌年10月からは三たびイタリア140日間の旅(主としてミラノに滞在)、明けて1773年(17歳)3月半ばにザルツに帰着、7月にはウィーンへ74日間の旅…。

 そんな目の回るような忙しさの中で、彼は毎日のように曲を書き続けていた。16歳になる迄に既に室内楽、交響曲、オペラ、宗教劇等の教会曲などなど夥しい作品を遺している。1773年春から初夏にかけての僅かな間を見ても「弦楽四重奏曲・交響曲・ディヴェルティメント・セレナード…そして今年夏僕が四国で演奏しようとしている『三位一体の主日のミサ ハ長調 K.167』がある」。

 三位一体の主日 とは聖霊降臨の祝日の次の日曜日のことで、その当時コロレド大司教による「ミサは45分以上かかってはならない」という規定をクリアしてしかも敬虔なミサ曲を書く事に心を碎いた事をボローニャのマルティーニ神父に宛てて縷々述べて居る(一節によればこの書簡は父レオポルドの代筆とも…)。

 この曲を未だ知らない人が居たら是非歌ってみて欲しい。それ迄のミサ曲の典型…ソリストを伴った長い通常文ミサとは全く異なる様相を備えた、まるで「交響曲」のような佇まいの音楽がここにはある。

 大司教が課した「典礼における規則」と、天才Mozartの「優れた表現」の絶妙な調和がそこここに見いだされるいままでのミサでは決して味わう事の出来なかったフシギな音楽的感動に引きこまれる体験を是非あなたにお薦めしたい。