[トップ] [検索] [管理用]
Jin's Diary&Essey

  #782
年賀状
Date: 2014/11/22(Sat) 
 一行添えている時にその人の面影が浮かび言葉を交わしたような気持が湧き出てくる・・・

 若い頃程枚数は多く無いのだけれど、それでも何百枚かを積み上げておいて毎朝少しづつ書くのが楽しみだ。今よりもっと忙しく飛び回っていた頃には版画を彫って刷り表書きはやや乱暴に書き飛ばして何百枚も出していた。今から考えると心の込め方がやや乱雑であったような反省がある。

 最近ますます便利になるコンピュータのお蔭で、印刷屋さんに頼んだかと思う程字も絵もきれいに刷り上がったものが沢山届く、それはそれでとても楽しいけれどもそんな風潮には付いて行けず僕は相変わらず短い文章を考えて何種類か作ったものに相手の顔を思いながら一枚ずつほんの一、二行添え書きするようにしている。

 難儀するのは表書き、「データを打込んでおいてシールにプリントアウトして貼ればきれいだし簡単だよ」と人から勧められるけれどもそんな風潮には付いて行けず相変わらず下手な字で一枚ずつ書くようにしている。
しかしこれにはちょっと訳がある。

 40年程昔の話になるけれども、敬愛する恩師からいつものように年賀はがきを頂いた。
恩師の字は特徴のある独特のものだったけれどそこにお人柄を感じてとても好きだった。それがその年に頂いたものは表書きの字がいつもとは少し違っていた。何だかとても細いペンで小刻みに震え、行も真っすぐでなく片方に曲がって行く、始めの内は「お疲れなのかな」くらいに思っていたが後から伺うと納得がいった。その年、師は重病で入院しておられベッドの上でいつもの何百分の一の数枚だけをお書きになったということだった。有り難くて涙した。

 そのこと以後、僕の年賀状に対する姿勢が改まった。
たとえ、言葉に表す事が無くても、書いた字そのものから心と心は通じ合うということ、表書きの住所とお名前を記すだけで自分の近況を伝える事になる。これは疎かには出来ないな、痛感した。

 一行添えている時にその人の面影が浮かび言葉を交わしたような気持が湧き出てくる・・・それと同時に表書きこそ己の近況を伝えている、と思うようになり此の頃は年賀状書きを楽しみにしている。