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Jin's Diary&Essey

  #774
合唱の指揮者とは
Date: 2014/11/02(Sun) 
既に何回も(#036ほか)述べた事なのでなるべく簡潔に済ませる。

まず、次のような名称をどう思われるだろうか?

吹奏楽指揮者、弦楽合奏指揮者、こんなことはふつう言わないし言っても違和感が甚だしい。
歌劇指揮者、管弦楽指揮者、こちらは言わない事も無いけれど特に歌劇とか管弦楽とか言わなくても「指揮者」で分かる。

ところが何故か合唱に限って「合唱指揮者」という名称が近年当たり前になって来た。「こちら合唱指揮者の岡本さん」などと紹介される度「ただの "指揮者" と云う事でお願いします」と意地のように訂正を促している。

なぜ、いつ頃から、誰がこの名称を使い出したのか?  それはハッキリしている。日本に「合唱指揮者協会」というユニオンが出来た時からだ。「合唱を指揮する人間の立場 ? を向上 ? させるために」というよく分からない理由で当時の発起人からしつこく誘われたのだったが「もう少し勉強してから考えます」と言って頑に断り続けた。

僕の知っている海外の合唱指導者達の凄い力を良く知っていたのでそんな断り方になった。

海外の指導者と交流するうちに彼等の学識・経験に追いつく難しさをいやと云う程知らされたから・・・
まず、語学力…英・独・仏・伊・露・ラテン・ギリシャ・その他東ヨーロッパやアジアなど、彼等は母国語の他に5つも6つも身につけている。作曲理論の力は作曲家同等に高く、歴史の認識もきわめて深いものがあり更に指揮の力はといえばオーケストラを必ず経験していて、オラトリオやミサの場合には必ず本人が指揮台に乗る。

その域に到達する迄決して「合唱指揮者」という肩書きを使うまい ! と決意してから50数年、今少しでそこに加わる事が出来そうなのだが後少しやり残している事もある。のんびりしていると、あの K.フォルスターのような「合唱指揮者」になれないまま生涯を終える事になりそうだ。

  この項続く