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Jin's Diary&Essey

  #768
滅び往く日本語
Date: 2014/10/12(Sun) 
同姓のよしみ、と云う訳でなしにかねてから尊敬し注目していた岡本太郎の番組(2006)の再放送を観た。以前観た時とはまた違った感慨にとらわれた。森田美由紀と奥田民義のナレーションもキチンとした日本語で心地よかった。

しかし、番組のなかにインサートされるタレント2名の朗読が頂けなかった。それは男性俳優 某と女性タレント 某で、大仰にファイルを捧げ持って「詩」のようなものを朗読してみせるのだがプロとは思えないような日本語のたどたどしさ。鼻濁音ダメ ! アクセントもイントネーションも格調が低い。番組案内役の森田と奥田のほうが数段上でキチンと喋っている。何の理由があって日本語の使い手として超一流とは言い難い人物を起用する事になったのだろう ?

ラジオでは聴覚のみに全神経が傾けられるのでディレクターも「ことば」について細かく神経を使う事だろうが、テレビのほうは動く存在に気を取られ或は映像に頼り過ぎてドラマでもない限り「ことば」に関する潔癖感がやや疎かになるのだろう。それで上記のような具合の悪い事が起こってしまう。

もうひとつ気になる日本語の情景が最近あった。
「国会中継」である。政治家と云うものはいやしくも国民の代表なのだから服装も正し、立ち居振る舞いも品良く、とくに議論の際の日本語は正しくなければならない。先日も女性議員が女性大臣いじめを盛んに行っていた。

「これ、内輪でしょ 々 」とさかんにいい募るので、内輪の話を公開の討論の場でしなくても良かりそうなものに・・・と聞いているとどうもそうでないらしい、しばらく観ていると「これ、団扇でしょう ! 」と、法律違反の配布物について締め上げていたらしい。「内輪」と「団扇」はここに書けば直ぐ分かる事だけれども聞いているとアクセントの違いで意味が全く違ってしまう。

「箸」と「橋」、「鑿」と「蚤」、「鶴」と「蔓」、「雨」と「飴」などなど限りなく日本語は複雑なのだけれども
「一生使う母国語」なのだからいつも勉強しなくては !