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Jin's Diary&Essey

  #763
やはり「ごはん」は大切
Date: 2014/10/01(Wed) 
敗戦直後の学校給食は決して旨い…とは思わなかったけれども鼻をつまんで無理矢理飲み込んだ脱脂粉乳がこんにちの頑丈な身体が作られる大きな要因であったことは今でもクラス会に集まると必ず話題になる。3~4年先輩はこのミルクが成長期に間に合わなかったかも知れず数年後輩になるともっと豊かな時代が訪れて「偏食」などがそろそろ許される事になっていたのかも知れない。とにかく1934~38年生まれあたりの人間はみな「臭いミルク」をいやいや飲み込んだ世代 ! !

ところで何度もこの欄で触れて来た「自由曲の影響が課題 ( 選択 ) 曲に移る ( 影響する ) 」ということに気づいたのはコンクールの審査員を頼まれるようになって数年が経った頃だった。
審査員を依頼されると直ぐ課題曲を取り寄せて予め研究し ( 決してTVの模範演奏は見ない ) この楽譜だったらこんな仕上がりが…と考えて当日の席に着く。多くのの参加校はTVの模範演奏の模倣なので程々の評価をし次の自由曲を期待する、つまり2曲目だけで評価するようになる。

ここで問題となるのは、課題曲を聴いていて「アレッ、この曲の解釈は違うゾ」と感じる事がある。不審に思いながら次の自由曲を聞いて「ははぁーん、やっぱりそうだったのか」と合点する、つまり気に入って取り組んだ変幻自在、ダイナミックな自由曲の特徴・味わい等が課題曲をすっかり影響して本来ジワーッとしてこまごまとニュアンスを要求している課題をすっ飛ばして自由曲さながらの豪快なダイナミックで歌ってしまっている。

実際にはこんな事はどうでもよろしい、課題と自由とのバランスが取れたレベルの高い演奏を選べばいいのだから・・・。
問題は、気に入って選んだ音楽に知らず知らずのうちに人格全体が染まって行くものだ、ということ。いささか脱線して恐縮だけれども「浮き世の恋物語」ばかりを人生かけて歌い込んだシンガーのオペラもどきの奔放な私生活などが昔からまことしやかに喧伝されることを思ったらピン ! と来る人もいらっしゃるに違いない。

  前置きがすっかり長くなってしまった。

アマチュアでもプロでも、選んで取り組んだ音楽 ( こころのごはん ) に知らず知らずのうちに人格が形成され、しかもそれが「明瞭に外に顕われる」という恐ろしさ ( 痛快さ) に気づきましょうね ! ! といういつもの話・・・。