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Jin's Diary&Essey

  #761
指揮者の能力・・・
Date: 2014/09/23(Tue) 
イタリアの高名な指揮者Mが自分の監督するローマ歌劇場のゴタゴタ (財政や人事ほか) に失望して遂に職を辞任するという。

日本で指揮者の仕事と云えば第一にオーケストラ、稀に見る歌劇場の監督(海外で仕事する人は最近居るらしい)、さらに職業合唱団と云うものは日本に在るか無いか(在っても一つ ! ) 。残りの殆どはは市民グループのオーケストラや吹奏楽の指揮 (と云うよりも指導) 、そして僕が一番気に懸かっているのが数え切れない程あるアマチュアコーラス (含む・小中高校) 。僕が教員だった頃とカリキュラムが変わっていなければ音大や教員養成大学で「指揮法」という単位を取得するためにはたった2単位の集団授業・・・空中に三角だの四角の図形を描いてハイちょん ! と終る、真剣にアンサンブル指導についての研究・指導は未だ完備せず、学生も教授もソリストになる (なるように教える)ことだけしか頭に無い。

今月になって男声合唱にちなんだダイアリーで指揮者論めいたことを2,3述べた。しかし遡ってこのダイアリーを見直してみると随分たくさん「指揮あるいは指揮者論」に関することを断片的ではあるけれども割と書いて来たようだ。その中でも #36, 145, 232, 244, 272, 446あたりではかなり核心に触れるような大切な問題を読んで下さる人に投げかけている。

いつの頃からか指揮者という職業を志して猛勉強、音楽大学に入り貴重な体験を重ねながら今日迄歩いて来た。
最初は地元の古楽中心の弦楽合奏団、そのころ高校では音感に優れた仲間とのコーラス、大学に入ってようやく指揮者の先生から学べるようになりその傍ら吹奏楽の指導そして運良く地方オーケストラの指揮者の職を得、さらに幸せなことにそこのオーケストラの監督でベルリンから戻られた甲斐正雄先生に初めて本場の指揮の勉強を教えて頂くこととなりやがて東響を指揮して公式デビュー、都内色々なオーケストラでキャリアを積んだ後1969年にいよいよヨーロッパ研修に出た。20数年に渡って欧米で見聞を重ねるうちに「指揮者の能力」とは如何なるものかについて深く考えざるを得ないことになって来た。

昨今の「格好満点・中身★★ ! 」 などと言われないために何をどのようにしなければならないかを深く追求した。ようやくいま各地で指揮したり塾で教えたりするようになって僅かながら「指揮者の能力」の本質を認識・把握ことが出来るようになった。

例によって仕上がりの遅い自分を承知しつつこれから先も考え実践して行く中で欧米での彼等に引けを取らない (追い越して) 演奏をしていかなくては・・・と思っている。