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Jin's Diary&Essey

  #753
音楽は誰のためのもの
Date: 2014/08/09(Sat) 
かつて、東京芸大客員教授のエルヴィン・ボルンが全日本合唱連盟30年史に述べて曰く
 「若し日本の合唱団において、効果をねらわない美しい響きが技術的・音楽的可能性に向かってさらに訓練され、そしてリズム化された”騒音のまやかし"等のためではなく、音楽的な流れを造形するという面で、また表現のより精神的内面化のためにその能力を発揮されるならば、それは世界中の合唱団による国際的な音楽界において、多分指導的な役割を果たすことができるであろう」(アーサー・ジェイコブズ編、平田勝ほか共訳<合唱音楽・1980年全音刊> 訳者前書きから引用)

30年以上前の良著であるが、このエルヴィン・ボルンの提言をだれひとり咀嚼、留意することなく"おどろおどろしい"合唱曲が次から次とステージで披露される昨今のコンクール。
売れっ子の作曲家、それをちやほやと煽て上げて「売れる本」の出版にいそがしい楽譜出版社・・・このままでは日を待たずして合唱は滅び,全く同じ状況下の吹奏楽も衰退して行くことだろう。

悪貨は良貨をなんとやら…の諺のとうりほのぼのとした古今の名曲は影を潜めガチャガチャとしてやたら聞く者の脳みそをかき回す変な音響だけが優勝を狙って闊歩する。同様に食べ物はどちらかといえば体に良いものよりもむしろ脂っこくて甘ったるくてそのくせ歯触りも喉越しも芳しくないようなものばかりが持て囃され、着る物も流行っているからというだけで街の景観を根本から損なわしめるようなチャラチャラしたものが溢れかえる。

所詮、人間と云うものは水と一緒で低いほうに流れる癖があるのだろうと思いながら " 流れに棹挿そう " としてあっぷあっぷしている己がもどかしい。

・・・効果をねらわない美しい響きが技術的・音楽的可能性に向かってさらに訓練され、そしてリズム化された”騒音のまやかし"等のためではなく、音楽的な流れを造形するという面で、また表現のより精神的内面化のためにその能力を発揮・・・

誰か気づいて留まって引き返し、新たな歩みを始めないことには程なくして「音楽」など芸術の森から弾き出され、枯れ果ててしまうに違いない。そうなる前に職業を変えなければ飢え死にしてしまいそうだ!!