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Jin's Diary&Essey

  #747
半音の話・結び
Date: 2014/06/22(Sun) 
世界各民族に異なった言語があるのと同様それぞれ固有の音楽とそれを形成する音階は多岐に亘る。学生時代に読み始めたA.J.Ellisの「諸民族の音階ー(比較音楽論)1951音楽文庫・門馬直美訳」にはいまだご厄介になる。この本を読む前に簡潔に音階の全容を知りたいと思う人には「音楽の基礎、芥川也寸志著、岩波新書」の62~78ページを一読しておくことをお薦めする。

ところで、前回「・・・日本人でありながら日本人離れした半音感覚を持っているヴァイオリニスト2人とヴォーカルアンサンブル1団体を発見した。彼等の半音は西洋人と全く同じで本来の広さ(暗い感じでない)を備えているのでまことにスッキリとしている」と結んで置いたが今回はその人物のご紹介。

ヴァイオリニスト2人・・・とは五嶋みどり と 龍 の姉弟だ。「五嶋」は日本だけで使う苗字らしく、海外でCDを探したりする時には MIDORI / RYU と索引すると沢山出てくる。二人ともNYを中心に世界中で活躍しいまやトップクラスの演奏家。弟は最近TVのCMにも顔を出していて短いメロディーを鮮やかに奏でているから知っている人も多いだろう。注目するのは彼の弾くメロディーの半音の広さだ。#746の中で「・・・歌だけでなくフルートやヴァイオリンなどの西洋の楽器でも日本人が演奏すると西欧人の感覚とは微妙に違う響きをたたえる・・・」と述べたのだが、RYU の場合に限っては全く異なり「すっきりと爽やかで明るい」メロディーがそこにはある。その大きな原因は彼の半音の広さにある。異論も有ろうからとにかくお聞きになって感想をBBSのほうに寄せて頂きたい。MIDORI の演奏は言うまでもない名演奏の先端を行く、例えば C.フランクの「ヴァイオリンソナタ イ長調」を聞いてみれば僕の言わんとしている所をご理解頂けるものと思う。

最後に、ヴォーカルアンサンブルのこと。これは 高牧 康が率いる「アンサンブル・ベル」という10人程のアマチュア声楽グループ、かねてからこの欄でも紹介しているように、彼等の歌うルネサンスのマドリガーレを楽しく聞かせてもらっていたのだがこの一年程急激に変貌を遂げつつ有る。それは彼等一人一人の半音がひときわ広くなったこと。

  (ややもすると日本の古楽アンサンブルはしんねりとして陰気なムードを湛えていることが少なくない…原因は暗い半音)

それが国際的な広さの半音を体得したため、結果すっきりと爽やかで明るい音楽がそこに出現した。それに加えて今迄のレパートリーにロマン派の(転調の多い)音楽も加わり一層楽しく聴かせるようなった。
かほどさように「半音」というものは音楽表現に重大な意味を持つのに、この国では日本民族そのままの情緒的半音をパレストリーナやバッハやベートーヴェン、さらにシューマン、R.シュトラウス、ワーグナーetc.に持ち込んだために必要以上に感傷的な音楽を奏でることとなってしまっている・・・岡本の一生の命題。