[トップ] [検索] [管理用]
Jin's Diary&Essey

  #734
・・・で に心打たれた
Date: 2014/03/22(Sat) 
声楽家で音痴・吃音の矯正では第一人者の「高牧 康」が立て続けに三冊の本を書いた。
はじめが「裏声のエロス」次が「(たった5分の裏声トレーニングで)歌が突然うまくなる!」そして今度が「『声だけ』で印象は10倍変えられる」。

基本的な論調は1冊目で標榜した「裏声による幸福論(集英社)」,2冊目,その裏声の「具体的なトレーニング論(青春出版社)」,そして今回は音声生理学・音楽心理学の見地から「人間の中身を充実させるのに重要な事柄(講談社)」は声をいかに醸成するかにある,と遂に大上段に振りかぶって持論に確固とした場を打ち立てた。

その3冊目を一気に読み終わって深く印象に残った言葉遣いがあった。それが『声で・・・』というフレーズだった。
全8章のうち7つまでのタイトルがすべて「・・・は『声で』・・・」とある。
本人自らが「ヴォイスティーチャー」という肩書きで活動しているのだから声「を」どう育てるかを論じて当然だと思うのに,ここでは声「で」互いの理解を招きコミュニケーションを図る・・・と「声」によって人間性を高めようとする数々の提案が網羅される。

この国の教育に音楽が取り入れられて100年余が経過するが,最初から今日に至る迄,音楽「を」いかに学ぶか,いかに学ばせるかに腐心し,子どもに対してもそして専門大学でも音楽「を」ただただ懸命に学ぶことだけに汲々として来た。長い時間を費やしひたすら学んで来た日本の音楽学習だが,ひたすら学んで腕を上げた結果何が向上したのか。

「・・・を」と「・・・で」は全く異なる結果を招く,「音楽を学んで」腕自慢が嵩じ他を見下すようなことになったのでは残念なのであって「音楽から普遍的真理を学び」少しでも成長した人間を目指すのでなかったら

  (モンテーニュ曰く)《むしろ何も身に付けず生まれたままの崇高さのほうがどれだけ"まし"なことか》。

上記の高牧の著書を読んで,音痴・吃音を矯正し裏声にも磨きをかけた結果「人の印象が見事に変わり,会話に豊かさを湛え,男女も深く理解し合い,家族に幸せを齎し,自分の印象をより強く深く他に伝え,健康も獲得出来,ついに人間関係に円滑さを与え,調和のとれた社会が築かれていく・・・と呼びかけるその情熱に打たれるのである。

国中で音楽教育にあたる人々が「音楽を」叩き込むことだけに時間を浪費するのでなしに「音楽で」ふんわりと暖かく人を育むような日がほんの少ぅしだけ近くなったような安堵を齎してくれた好著なのであった。