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Jin's Diary&Essey

  #731
「隠すより・・・
Date: 2014/02/25(Tue) 
・・・現る」 という諺には心惹かれる。
同意語や類語も少なくない。「思い 内にあれば 色 外に現る」などは教訓じみてチクリと来る。

ドラマを観ていると、度を超えて意地悪い人物やいつも大仰な振る舞いをしてその場の雰囲気をかき回すやからが目につくが、ほんとはその種の演技はさほど難しいものでなく感情をあらわにすることで意外と表現し易い、と俳優さんから聞いたことがある。

   喚くより黙っている、暴れ回らずじっと座って居るほうが存在感がずっと重い・・・けれども難しい。

このような芝居が少なくなって素人受けするあまり上等でないドラマや舞台が広まることを許しているのは、ひょっとすると厳しい批評をする専門家が少なくなっているのも一因かも知れない。・・・とここまではいつもの導入部。

審査員を頼まれて沢山の演奏を聴く、いずれも苦心の選曲と念入りな稽古の末の本番なのでこちらとしても相手のこころの奥底を聞き漏らしてはならじと集中力を高めて耳を傾ける。舞台の上の演奏者が子どもであろうと大人であろうとひとりひとりの全人間性の発露として受け止める。最終的には順位を付けなければならないのが辛い所、その上年々上達して行くので苦心する。

コンクールに入選すればそのグループは当然、指導者や作者(詞と曲と)の名も挙がる。だから選曲には相当苦労しているに違いない。いきおい度を超えて変化の劇的な音楽、大げさな表現で雰囲気をいやが上にも盛り上げようとする音楽を作る人が表れそれを選ぶ人が増え、演奏する人はついつい飾り立てた外面に取り付かれ、客席の聴衆はそのような上辺の仕上がりに大きな拍手を贈るものだから会場全体が「名曲の名演奏」であったがごとく沸き立つ。

ここで大切なことは、作品の内面を読み取り演奏の裏に隠された音楽の本当の価値を探り当て正しくて道理にあった(正当な)評点を与える審査員の識見。さらにその先を望めば「喚いたり暴れたり」するような派手な音楽でなく " ジワリ " とこころの奥に滲みとおる作曲(編曲)を世に送り出そうとする創作行為こそが原点と心得る人の一人でも多いこと、そしてその真の価値を読み取って出版しようとする楽譜会社が沢山存在出来る仕組みの世の中になること。

視聴率や拍手や順位や収益は生きて行く上で大切な要素なのだろうが、引き換えに手放してしまうものがあまりに大きいと躊躇ってしまう今日この頃。