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Jin's Diary&Essey

  #729
バッハの深遠さ…とは
Date: 2014/02/17(Mon) 
四国・高松の「香川二期会合唱団」がことしはバッハの Magnificat に取り組んでいる。
創立して半世紀、日本で有数なグループだと思っていたが今回ばかりは思いもよらぬ苦労に取り付かれている。
原因はどの辺りにあるか分析してみた。

  1)いつもの何倍も正確に歌わなければならない音階 (全音と半音の絶対的正確さ)
  2)いつもよりもはるかに正確でなければならない音価 (1:2,1:3,1:4の正確さ)
  3)音階の上下に伴って発生する自然なニュアンスの控えめな表現 (僅かのクレッシェンドとデクレッシェンド)
  4)パートの横の流れと同時に縦の響きの絶妙な調和の実現
  その上当然のことながら、ルカ伝にもとずく「マリアの讃歌」の掘り下げと深い理解

こう書いてくると「なんだ当たり前のことばかりではないか!」と思うだろうがその「当たり前さの度合い」が尋常でない。

ややもすると「知性と感情」のバランスを損なって感情過多の渦に巻き込まれてしまうのが、皮肉にも「音楽」の最大の魅力であり同時に恐い所。プロの音楽家でさえそこに堕ち込んでくねくねと身体を揺らせてショパンを弾いたりシューマンを独りよがりの百面相で恍惚と歌う姿をさらす様はなんとも違和感を覚え悲しくさえある。まして日頃鍛錬の時間が十分に得られないアマチュア音楽愛好家にとって、精一杯の感情の発露ばかりが要求されるような音楽の流行りは決して幸せなことではない。他の芸術、例えば日曜画家の知性と感情のバランスに関する精進はどんな風に行われているのだろう。

60年のあいだ音楽を学んで来たものにとって「常にバッハに還れ」と諭し続けてくれた先哲の教えがこころに突き刺さる。
今更のごとく漱石の「草枕」の冒頭が浮かんでは消えてこころを離れることが無い。

バッハに相対すると、日頃忘れかけていた「深遠さ」に突き当たって愕然とし狼狽える。