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Jin's Diary&Essey

  #728
オリンピック始まる
Date: 2014/02/08(Sat) 
相変わらず無駄なお喋りで煩い男女のアナウンサー、国名を告げるだけにして後は黙っていて欲しかった。

始まって程なく「ボロディンのイーゴリ公の音楽」に心を打たれた。そして要所要所で演奏されるチャイコフスキー、ハチャトゥリアン他ロシアの遺産が惜しげ無くしかも程よいテンポとニュアンスで奏でられてまこと心地よかった。

一時間以上かかる各国の入場は、アナウンサーがユニフォームの色だのデザインばかり話題にして煩いのが残念だった。
行進を彩る音楽は訳分からない選曲とサウンドで少しばかり残念に思えた。それでも日本の十年一日のようなマーチや高校生のコンクール崩れした野暮ったい演奏で奏でられるチャチな流行り歌のアレンジなぞよりはよっぽど許せる範囲のものだった。

ロシア最古の修道院のコワイヤー・・・という20数人の男声合唱には舌を巻いた。これを聴いた日本の高校生たちは春夏毎にかり出されて何の情感も無くだらだらと歌う大会歌などこれからはみっともなくて歌えない ! と思ったことだろう。

その見事な男声合唱を伴って国歌を歌ったソプラノの堂々たる歌唱は、日本のサッカー大会などで歌われる惨めで稚拙な「君が代」に比ぶべくも無い、嘗てへたくそな君が代でお茶を濁した声楽家は恥ずかしい思いをしているに違いない。

悪口ばかり言うようで恐縮だが「セレモニー」ということを「お巫山戯のショー」ぐらいにしか考えない連中はロシアの爪の垢でも煎じて飲ませてもらうが良い。

いよいよセレモニーの最後、聖火が点灯された時に流された「ストラヴィンスキー」で僕は完全に降参してしまった。
残念ながら日本にはこのように相応しい音楽が見当たらない。2020年のオリンピックを狙って有象無象自薦他薦の音楽家達が暗躍することだろうが、それをキッチリと見定めてプロデュース出来る文化人が関係者の中に見当たらない。

大切な国会もそこそこに駆けつけた「シンゾー君!」高い所からこれらを見聞きして「スポーツが文化」であることを勉強しましたか ?