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Jin's Diary&Essey

  #714
偉大なるメゾソプラノ逝く
Date: 2013/10/31(Thu) 
メゾソプラノの 西内 玲 (にしうち れい) さんが10月の末逝去された。
ヨーロッパで長いキャリアを積まれ、各地の劇場で活躍された方だっただけに残念でならない。

1971年の5月、僕はミュンヘンからチューリッヒに着いてそのころルツェルンの劇場で歌っていた先輩の西内さんに電話をした。
  「もしもーし、チューリッヒに着きました」
  「あーら、そんな所に居ないでこっちにいらっしゃい、とてもいいところだから ! 」
早速汽車に飛び乗ってルツェルンに向かった。彼女の言うとおりまるで箱根みたいな所だった。きれいな湖、周りの山々、湖畔の鉄道博物館、スッカリ気に入ってしまった。
彼女が予約してくれた、市立劇場と川を挟んで向かい側の SCHIFF (船)というペンションに宿を取り2階テラスで遅いランチを食べていると下のほうから「おじさーん」と大声がした。見ると西内さんが4,5人を引き連れて手を振っている。

彼等は劇場の仲間でソプラノやバリトンや指揮者達だった。その日からルツェルンに居座って毎日、劇場通いをした。
劇場正面には2メートル四方ぐらいの西内さんのでっかい写真が飾ってあって僕は鼻が高かった。
演し物はヴェルディの「二人のフォスカリ」、別の日はメノッティの二本立てだった。彼女はそのいずれでもプリマとして重要な役を演じていた。楽屋口のおじさんに「玲のともだち!」と言えばすんなり通過して、席は指揮者のすぐ後ろ正面一列目で気持よかった。

毎日午前中に劇場に入り、次のシーズンの稽古をやるらしい。午後二時頃それが済んで遅いランチ、そして一度家に帰って昼寝して六時頃劇場入り、支度して8時から本番、11過ぎに終っておそい夕飯を食べ、家に帰り翌日午前にまた劇場で稽古、こんなペースが一年中続き、お客さんも地元・観光客合わせてほぼ満員。

そんな様子をずっと観ていて「オペラ歌手とはこういうもの!」と分かった。これに比べると日本のオペラは半年も稽古して一晩かふた晩の本番、こんな調子では発表会みたいなものだ、ということがつくづく分かった。

この頃の思い出話をしてはワイングラスを傾け懐かしむ西内さんはもう居ない。心にポッカリと穴があいたようなこの数日、3日から彼女が晩年住んだ福岡に仕事で行くけれどもとても切なくて行きたくない気持と闘っている。