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Jin's Diary&Essey

  #703
8月15日
Date: 2013/08/15(Thu) 
近・現代史に強くない日本のジャーナリスト、政治家、教育者達は「敗戦の日」を感傷的にだけ捉える癖があり、いつももどかしい気持で新聞を読む。おそらくテレビでも今日一日だけ何かと話題になる事だろうが、明日からは又戦争の事などケロッと忘れてバカバカしい電波の無駄遣いが始まる事だろう。

僕が9歳で敗戦、ぎりぎりのところで昭和16~20年頃の記憶が残っている。
小学校(当時は国民学校)に上がる頃、毎朝父に云われて壁に貼った世界地図の太平洋の真ん中あたりの島々を赤く塗りつぶして行ったものだ。「ここも占領した、ほらここも…」などと云われながら・・・
これがもう2,3歳年上の人だったらもっと使命感や意義を強く感じながら地図を眺めたのに違いないが、なんといっても6,7歳の子ども、赤く塗るのが嬉しいだけの事だった。

#702に書いたように、敗戦の2,3週間前に家が燃えてしまった時にも僕の家だけでなく市内の90%が破壊されたのだからさほど大きなショックで無かったように思う。7月末に横浜に帰った後の一週間ほどは激しい空襲の毎日だったけれど、既に沼津で相当激しい体験をした後だったから恐い思いも大して無かった。ただ、昼間に戦闘機が低空で飛んで来て道路を歩いている人間を狙って機関銃をダッダッダッ!と撃って来た時だけは慌てて逃げ隠れたした.

4,5歳年上の人はそろそろ戦線に送られる年齢に近いから考えも違った筈だ、同じく4,5歳年下は戦争の何たるかが殆ど分からない年頃… 昭和10,11,12年あたりが一番切実に戦争を嫌が応にも味わわされていたのかも知れない.

語り継いで行く事だけが確かに歴史を後世に伝えて行く.
同年代の皆さん ! 出来るだけ長生きしていろいろと語り伝える事ですぞ.