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Jin's Diary&Essey

  #678
原作を世に出す・・・
Date: 2013/02/27(Wed) 
1950・昭和25年芥川龍之介の「羅生門」が映画化され日本の映画が世界に認められる嚆矢となったことは誰でも知っている。

原作の小説を映画にする時「脚色」という大切な仕事がある。「脚本」に組み立てると言い換えても良い。
つまり原作そのままでは配役を仕立てて「芝居」にする事は出来ないので筋書きを追って「台詞」の形に構成すること。

羅生門は、知る人ぞ知る「黒澤明」が脚色すると共に監督・演出も行い、三船敏郎を始めとする役者を連ねて名映画になった。

1982・昭和57年ヴェネツィア映画祭で最高の「栄誉金獅子賞」を得たのも原作を見事に映画に作り上げた黒澤の大仕事だった。

   「文学→映画」の具体化に「脚色」と言う仕事があるのと同様に
   「音楽→演奏」の具体化の道筋に「編曲」という仕事がある。

どんなにいいメロディーが其処にあったとしてもそれを朗々と男声合唱で響かせるためには優れた「編曲」を必要とする事を知らない人に最近遭遇して魂消た事件があった。

小生が創立に関わり40年近く育てて来た「専修大学グリークラブ」がある。初めて彼等に会った時この大学に「信時潔」の作曲した格調の高い校歌がある事を知った。

しかし,学生手帳にメロディーがチョコッと載っているだけで原作の譜面も伴奏も何も無かった。そこで信時潔の全作品を調べ、彼の作風を見定めた上で「男声合唱」に書き上げ,これを教える事で彼等との付き合いが始まった。荘厳にして品格あるこの校歌は大学当局も気に入ったと見え毎年入学式にグリークラブが引っ張り出されて入学式の大切な場面を負わされた。

このたび、大学当局がこのご時世にあたり宣伝のDVDを制作し、当然のことながら校歌もグリーの演奏が収められた。

ただ、残念な事にはこの歌を編曲したいわば大切な仕事が一切無視されて赤の他人の編曲,と表記された事。

「羅生門」の脚色を黒澤でなくAKBの誰かさんの仕事・・などと間違えたらどんなことになるのか問うてみたいと思っている。