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Jin's Diary&Essey

  #670
きっかけ<その2>
Date: 2012/12/11(Tue) 
1970年頃から欧米に足しげく通うようになり、当然彼の地の「指揮者事情」に詳しくなっていった。

 1, アメリカ以外、ヨーロッパの指揮者は原則的に「歌劇場」に勤務してオペラを指揮しているのが通常。
 2, そして、シーズンオフにシンフォニーのコンサートを必要に応じてやらないこともない。 
 3, バッハの頃のように教会に勤務して合唱の育成や礼拝音楽の制作で忙しい時代は終わっている。 
 4, ごく稀に放送局又はレコード会社が抱えていて「放送」とコンサートを主としているオーケストラ、合唱もあるにはある。 5, 東ヨーロッパでは「国立」の団体が組織されていて生活が保障されている(オペラもコンサートも)。

これらの状況が判明するに従って「日本の指揮者(つまり音楽家)」の根無し草状態がハッキリして来た。
こんにちのように全国自治体がオーケストラを抱える時代ではなかったし、オペラを志す声楽家の団体は2,3あっても常設の劇場など一つも無かった。
アメリカのように「母国のヨーロッパを懐かしんで」劇場やコンサートホールに足繁く通う市民が居る訳でなし、つまるところ日本には「音楽家」を必要とするSituationは皆無、まずはそのあたりの土壌作りから始めて聴衆を育て場所と団体を生み出していく、何10年かかるか分からないような所から手をつけて行かない事には働く場所、必要とされる世の中にはならないということに気づいてしまったショックは小さくなかった。

「ごっこ」遊び、というものが子どもの世界にある。鬼ごっこ・電車ごっこ・・学校の先生ごっこ・・・看護婦さんごっこ、
おとなの世界に憧れて子ども達は「ごっこ遊び」で学んで行く。

日本の音楽享受が音楽ごっこ、オペラごっこ、指揮者ごっこだ、と決めつけたら大勢に叱られると思うけれども、今でも時々ヨーロッパやアメリカのコンサートホールの客席に座っていると周りの人たちが今鳴っている音楽からその奥にあるものを吸収しようと耳を澄ませ、さらに心の底からエンジョイしようとしている様が手に取るように伝わってくる。


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