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Jin's Diary&Essey

  #228
 観照
Date: 2003/09/30(Tue) 
1,仏語・真実の智慧を働かせて個々の事物やその理法を明らかに洞察すること
2,転じて、主観を交えないで冷静に現実を見つめること
3,美学で、美を直接的に認識すること。美意識の知的側面の作用を表わす概念

20世紀の音楽ばかりに携わっていると、チッポケな自己表現のおつき合いに明け暮れるようで情けない。規模や響きや題材の面で「なんでもあり」の臭さが横溢してやりきれない気持になる。あたりまえに言うと「今の世相そのもの」である。

ハイドンやロッシーニやモーツァルトにしたって当時は「型破り」のそしりを受けたのであろうが、それでも昨日今日のネバっこい大編成のシンフォニーのあとに訪れると清々しさにホっとするのである。ギリギリ迄削ぎ落とされた形式、和音、旋律、リズム・・・せせらぎに浸されているようだ。

お前が年取ってエネルギーが枯渇しかかっているのだろう、などと失敬なことをいう輩がいるが断じてさに非ず、甘ったれた自己表現にうんざりしていることを分かってもらいたい。

120人もの名手たちがネバっこいシンフォニーを奏する姿を見るにつけ、音楽が陥ってしまった"物量主義"の産物ともいえる噪音に辟易する。だからといって、昨今流行りの古い時代の不完全な楽器と奇妙に低くされたピッチで演奏される「古楽器集団」にもいまひとつ共感を覚えないのである。

変わっていなければ注目されないのは当たり前とは言え、さもしい目立ちたがりの振る舞いが横溢する今日、「自然に、あくまでも自然に」を標榜する作品や演奏を望むのは時代に逆行することなのだろうか。